わたくしは、虫と名の付くものが大嫌いでございます。
何ゆえこの世に存在するのか? とさえ思うのでございます。
が、そんなわたくしも生涯のうちたった一度だけ、
虫に恋してしまった事がございました。
わたくしが、まだ純粋無垢の中学生の時に
「蚕の観察」という授業がございました。
ひとり一匹ずつの蚕が配られます。
完璧に「芋虫」の様子の「蚕」が、
桑の葉と共に机の上に置かれました。
初めは、きゃあきゃあと言っておりましたが
桑の葉をバリバリ音が聞こえる程に食べる姿
またその葉についた丸い歯型を見ているにつれ
その愛くるしさに、不思議な気持ちが湧いてまいったのでございます。
「さ、さわってみたい・・・」
そっと手のひらに載せ、背中をつーっとなでると
それは まさに「シルクタッチ」 すべすべでございました。
顔を見れば、何処か微笑んでいるかのような趣きでございます。
その、無きに等しい体の重さ。
なんとはかなげで、弱々しい存在でしょう。
「あーなんて可愛いんでしょう、わたくしののカイコちゃん。」
わたくしは、わずかな時間の間に
カイコのトリコに
なってしまったのでございました。
筆箱に隠して家に持って帰り、心行くまでなでまわし
桑の葉を食べる姿を永遠に見て居たい。
わたくしはそんな衝動にかられ、隙をうかがいましたが
もとよりそんな勇気のあるはずもございません。